幻惑の森 邪恋 愚者の楽園



幻惑の森

「森には人喰い鬼が住んでいるんだよ───」

 森に少年が迷い込む
 緑の女王が住まう森

「そなたは何者か?」
 女はたずねる
 ぼんやりと少年は口を開いた
「おれは───」
 おれは何者か?
 自らに少年は問うた

 おれは一体何者か?
 どこからきたのだ
 どこへゆく?
 緑の罠に落ちたことに
 気付くことなく

「わからぬか?」
 女は笑う
「わからない」
 少年はうなだれた
「ならばここに住まうがよいぞ」
 緑の縄に縛られて

「そなたは我がもの」
 うっとりと女はささやく
 寝台に横たわり
 少年は夢うつつ
 緑の女王を抱きしめて

 おお、それこそは緑の罠
 森の木々はさわさわと
 しかし二人は耳を貸さぬ

 おれは何者か?
 ふと少年は考えた
 彼の腕枕に女は眠る

「そろそろあれにも飽いてきた」
 欠伸をしながら無造作に
 女は緑の扉を開けた
「食事の時間ぞ」

 記憶の呼び戻された少年は
 森の外へと歩き出す
 おれには名も目的も
 あったではないか

 ざわざわ、ざわざわ
 森の木々が揺れる
 さあおゆき
 急がなければ鬼がくる

 緑の鬼は少年の
 肩をつかんで引き戻し
 舌なめずりして口を開ける

 ───森に赤い色が散る

「満足したかえ?」
 緑の女王は出迎えて
 鬼の胸に指をなぞらす
「とてもおいしくいただいた」
 美しき緑の鬼は
 血に濡れた唇を
 女王の首筋に押しあてた

「やはりそなたが一番じゃ」
 数日前まで少年と
 夜を共にした寝台で
 女は鬼の腕の中

 全ては森の奥の秘めごと
 里人たちも知りはせぬ
 知っているのはただ一つ
「あの森には人喰い鬼が住んでいるんだ」




邪恋

 森に少女が迷い込む
 人喰い鬼の住まう森
 緑の女王と緑の鬼が
 支配し共に暮らす森

 人の気配を求めつつ
 少女が歩いたその先に
 角を生やした男が一人
 ただぼんやりと立っていた

 近付く少女の気配に気付き
 振り向く男は血に濡れて
 その足元に転がるものは
 形をとどめぬ男の死体

「我が怖いか、娘よ?」
 緑の髪の男は微笑んだ
「恐れずとも
 我は今のところ満足している
 そして娘に女王は用はない
 人の子の世界は向こうだ」

 男の示した方向を一瞥し
 少女は彼に近付いた
 肉塊を無造作に踏みつけて

 少女は男の首に腕をまわすと
 血に濡れた唇に口づけた
「あたしを女王にしてちょうだい」

「帰ったか」
 振り向く女王のその目には
 見知らぬ少女の姿が映る
「そなたの時代は終わった」
 緑の鬼が冷酷に告げた

「後悔すまいな?」
 緑の鬼が少女に問う
 その手には血の杯が
「いつ我の気が変わるとも限らぬぞ」
 女王のその血を飲みほして
 少女は男に笑って言った
「その時はあたしを食べてもいいわ」

 男は女王を愛していたわけではなく
 少女を愛したわけでもない
 それでも少女と緑の鬼は
 共に森の支配者であった

 緑の森の緑の屋敷
 同じ褥に共に眠る
 二人の今宵見る夢は───




愚者の楽園
     fool's paradise  〔比喩〕幸福の幻影
 緑色の憂鬱
 女のためいき
 あの人はこない

 彼の爪と 彼の牙
 望むのなら
 我が身を差し出して

「前の女王とは、違うな」
 男はいらぬのか?
 私は違う

「私が欲しいのは、あなた」
 抱擁と陶酔と
 束の間の幸福

 もう私に飽きたのですか
 小娘の女王では
 勤まりませんか

 言ったはず
「その時はあたしを食べてもいいわ」
 無視するのはやめて

 女王になりたかったわけではありません
 緑の鬼のパートナーの座が
 欲しかったのです

「何故、泣く?」
 きっと一生わからない
 緑の鬼に愛はない

「あなたが好きだから」
 愚かな恋
 愚かな女

 あなたがいてくれればいいのです
 嘘でもいいから
 愛をください

 その時
 緑の森は楽園となる





 これらを書いたのは学生時代(一部高校時代(^^;))。
 そんなもん今更載せるなって感じですが、ふと思いついてしまったもので。
 この三作を書いた後に、それを発展させた形でその続きとなる「緑柱石の瞳」を書きました。
「幻惑の森」と「緑柱石の瞳」では結構ベリルのイメージ違いますよね。
 で、「幻惑〜」「邪恋」、「愚者〜」ときて、「緑柱石」の間に実はもう1本「緑の鬼」というそのままの話があるのですが、これこそ人には見せられない代物なので(「邪恋」&「愚者」の女の子の話でした)、これは載せません。
 緑の鬼という種自体は、ベリルの息子のそのまた息子で終わりを迎える予定ですが、息子の話は書いていません。なんとなく形は頭の中にあるんだけどな……。
(追記:息子の話書きました。「深い緑の底で」をどうぞ。)

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