Vampire Bat U   Beautiful Night 5


 ドアを開けるとしまったという妹の顔が目に入った。
「何してるの暁良、人の部屋で」
「ちょっと世間話を」
 ババ臭い言い訳に私はちょっと呆れる。
「まあいいけど。ロードに用? そんなに仲が悪いわけじゃないのね」
 部屋に入ると、絨毯の上のベッドの陰になる位置に立っているロードと、離れた椅子に座ってる暁良。
 微妙な距離ねと内心思いつつ、二人の会話を聞いてた事はおくびにも出さず軽い調子で言うと「そんなんじゃねえ」とロードが心外そうに口を挟んだ。
「お風呂空いたからあんた入りなさいよ。学校あるんでしょ」
 暁良の高校は私立でごく普通に土曜日も授業がある。
「あるよー。いいよね休みの人は」
 やれやれと立ち上がり暁良は部屋を出ようとする。長い目で見れば土曜も授業ある方がいいんじゃないかと思うんだけどね。ていうか、社会人のが大変だし。
「あ、そうだ暁良これもあげる」
 私は暁良を呼び止めるとバッグから出したボトルを手渡した。
「何これ」
 使いかけの除光液を手に暁良は首を傾げる。
「それちょっと匂い強くて。ロードの機嫌が悪くなるから平和のために良くないの。別の買ったからあげる」
 やっぱ安物は駄目ねとロードと顔を見合わせて言うと、暁良はぷりぷりしながら出て行った。
「お姉ちゃん甘過ぎ! 信じらんない」
 で、結局お風呂入るの私が最後になるのよね。明日休みの私が先に入るのは悪いから譲るべきだってことは判ってるけど。
 人数多いとそれが面倒で嫌よ、一人だと好きな時間に好きなだけ入っていられるから楽なんだけど。
 二階にもトイレだけじゃなくてもう一つお風呂あるといいのにと無茶な事を思いながら、私はバッグの中から出したジャケットをハンガーに掛ける。
「酒飲んでたのか?」
 ロードが訊ねる。暁良から聞いたのね。
「ちょっとだけね。お父さんの晩酌付き合ってたの」
「俺も飲みたかったぞ」
 もちろん無理な事は一番ロードが判ってるので、その口調は不平というよりは残念そうな響きを帯びている。
「帰りに好きなの買ってあげるから我慢して」
「本当か? 忘れんなよ」
 自分こそ買う時は寝てるんだから、前の日に何買うのか希望言い忘れないでよね。ワインて言いそうな気がするけど。
「忘れない忘れない。ロード外出るの?」
 別にロードは毎晩外に出ている訳じゃないので私は尋ねた。
 マンションだとキッチン横にある小さい窓が構造上人間は通れない作りになっていて開けて寝ても大丈夫なんだけど、さすがにこの部屋の窓を開けて寝る気にはなれないし、ロードが帰ってくるまで起きて待っている元気もない。
「ん? 今日はここにいるからいいよ。この部屋探検してよければだけど」
「別に何もないけど、どうぞ」
 そうしてくれるととっても嬉しいわ。
 私はにっこり微笑み返し、タンスの引き出しを開け、パジャマを取り出した。
 タンスの中身は大体向こうに持って行っているので、こちらに残っているものは多くはない。それでも前に実家に帰ってきた時着ていて、邪魔だから置いて行った服だけでなく、その季節になったら持って来ようと思ってそのままこちらにまだ置いてある服も結構ある。
 ちょっと服も持って帰ろうかな。でも今日はそんなものを仕分けする気力はない。
「明日にしよ」
 呟いて、パジャマだけベッドの上に置いて引き出しを閉めた。
「お前本当は結構本読むのか?」
 ロードの声にそちらを向くと、彼は本棚の方を見ている。
 もちろん、本棚みたいな場所を取るものはここに残したまま、中の本も数冊を除いてほとんど残してある。
「少しはね。最近あまり読んでないけど」
 会社は電車で数駅なので通勤ではあまり読まないし、帰れば家の事やったりでそんなに時間がないわけで。
「向こうにあるの料理本ばっかりなのにな」
 意外なものを見た、とロードはからからと笑う。
 だって料理のレパートリーそんなに多くないんだもの。一人暮らしになったら自分で作るか買うしかないし、少しずつレパートリーを増やしていくしか仕方がない。
 そう言うとロードはよくわからないと肩をすくめた。
「そんなに毎日献立変える必要ないだろ、同じでいいじゃん」
 血吸ってれば満足な吸血鬼と人間を一緒にしないで。
 どうして吸血鬼って栄養偏らないのかしらね。なんだか理不尽だわ。
「おまけにそう凝った料理は進んでしない癖に突然日曜にケーキとか焼き始めるし」
 ああ、そんな事もあったわね。あの時はパウンドケーキを焼きたくなったのよ。
「料理とお菓子は別なのよね」
 たまに無性に甘い物を作りたくなる時がある。会社に持っていくと職場の人間関係円滑にするのに役立つし。量は作らないから同僚の女の子に回るくらいだけど。スコーンは受けが良かったわね。
「俺は食わないからどっちでも関係ないし」
 そうでしょうとも。
 呟いて、本棚からお菓子のレシピ本を一冊抜き取る。
 これ持って行こうかな。あと道具も私しか使わないから持って行っちゃおう。シフォンケーキの型、あるのにまた買うのはもったいない。
「何か面白いものあるか?」
 本棚の前に浮かび上がってロードが言う。
「さあ、どうかしら」
 私にはロードの趣味は良く判らない。
「旅行用のガイドブックとかあるけど、海外の」
「俺にそんなもの読ませてどうすんだよ」
 ロードは呆れ声だ。
「だって今後海外も行く事あるでしょ、ロード」
「人間向けのガイド見てどうすんだって言ってんだよ」
 それもそうね。
「こういうのは好き?」
 私はラフカディオ・ハーンの「怪談」を抜き出した。文庫本だ。
「……これでいいか」
 長編じゃないし、時間潰しにはいいと思ったみたい。
「あ、これ英語の原書もあるけど」
 昔英語の授業で読まされたのよね。中身は日本の話なんだけど、でも翻訳の限界というか、やっぱり最初に書かれた言語の方がより深い感じがするの。
「じゃあそっち出して」
 日本語も英語も読めるんだ、ロードって。なんとなく不思議な感じ。何カ国語扱えるのかしら。こんな小さいのに、なんだか悔しい。

 暁良がお風呂を出て入れ代わりに私が入り、出てくると暁良が部屋に来た。
「寝なくていいの?」
「もうちょっとしたら寝る。それより教えてよ、なんでロードがお姉ちゃんのところにいるの?」
 答えを聞くまでは出て行かない位の勢いで訊いてくる。
 そう言われてもねえ……。
「なんでって言われてもね、気付いたらいたんだし。ロードなんで?」
 気付いたらって、と、いい加減さに再び怒り出しそうな暁良には取り合わず、ロードに訊ねる。
「なんでって、普通にあちこちで少しずつ味見して渡り歩いてたら美味い血があったから、しばらくここから血もらおうと思って目を付けたんだよ。おまけに観察してたら昼間いないだろ。だから外で寝るよりゆっくり出来て都合がいいと思って昼間部屋で寝て、夜は部屋にいたり外に出たりしてた」
 部屋にいても気付かないんだぜ、鈍いよな美夜って。
 からかうようにロードは笑顔で告げる。
 反省してるってば。だって、カーテンボックスの上なんて普通いつも見てないじゃない……。
「不法侵入! しかも夜こっそり部屋にいるって覗き!? この変態インチキ吸血鬼!」
 ペットに下着姿見られた位でそんな大げさな(ロードがいるのに気付かなかった間も裸は見られてないと思うのよね、ロードがお風呂に来てない限り)。
「いやだから別に覗いてないし。見えたところでどうってことないし」
 お前ビルのサイズの人間がいて、それ見て何か感じるのか? と、至極もっともな冷静な言葉をロードは妹に投げる。
 いつかの時のように自分が何とも思ってなくてもやっぱり微妙に腹は立ったけど、でもそうじゃないとお互い一緒に暮らしにくいからこれでいいのよね。と、結局いつもと同じ結論。だってペットだし。
「ああもうほんと信じらんない二人とも。なんでお姉ちゃん平然としてるわけ?」
「だって別に人間じゃないし、目くじら立てる程の事じゃないでしょ?」
「だよな」
 私達二人の態度に妹は耐えられない、という顔をした。
「もういい! この話終わり!」
「変な奴」
 ロードは笑って追い打ちを掛けた。ああ、二人の溝がますます深まっていく……。
「お前も普通にしてりゃ血は美味いのに、本当に残念なガキだよな。ん? 姉妹二人とも味がいいってことは……」
 味がいいって、なんか市場で売られてる野菜か魚みたいでちょっと嫌かも。もうちょっと言い方ないのかしら。
 ロードは不満そうな私達の表情には気付かないようで、一人何やら考えたあと、ふわりと浮かび上がった。
「お袋さんの部屋は?」
 それを聞いて、彼が何を考えていたのか私は瞬時に理解した。
 子供二人の血が彼好みの味なら、その母親の血も味見したくなるのはまあ、彼にしてみれば当然かもしれない。妹もすぐにそれに気付いたらしかった。
「ちょっと待って!」
 私と妹は同時に言い、私はロードのマントを掴もうとしたのだけれど、それよりも早く妹が彼を平手で床に叩き落としていた。暁良それやり過ぎなんじゃない?
「何しやがる!」
「あんた図々しいのよ!」
 同レベルで言い合う二人の姿に、私は頭痛がしてきた。ついでにロードが妹よりも他を探す事にした気持ちも理解する。こんな手荒に扱われたら嫌にもなるだろう。
「大丈夫? ロード、うちのお母さん喫煙者だから」
 屈んで彼に手を伸ばしながら言うと、彼はひょいと手の平に飛び乗った。
「なんだ、それを早く言えばいいのに」
 あっさりとそう言ってロードは母の血を諦めた。彼は喫煙者の血は嫌いらしく、私が飲みに行った帰りに服や髪に煙草の匂いをさせていても嫌な顔をする。社内だけなら喫煙室以外は禁煙だからそうでもないんだけど、お店にいると自分が吸わなくても煙草の匂いってついちゃうのよね。
 煙草を吸う男とは付き合うなとも言われた事があるし。
 ロードにそんな事言われる筋合いはないけれど、今のところ私フリーだから、それを守っているという解釈も無理すれば出来なくはない。
 それから手の上のロードの髪を指先でそっと撫でる。
 可愛いよね、と誰にともなく呟く私。ロードは多分撫でられても嬉しい訳じゃないと思うけど、それでも私は彼の血液バンクだから、私のしたいようにさせてくれる。
 普通こういう性格だったら頭撫でられるとか嫌がりそうなものだけど。優しいんだよね。
 呆れたような妹の声が降ってきた。
「……仲いいね」
 何言ってるの、でなきゃ一緒にいられないでしょ。
「お姉ちゃん、一人暮らしの独身女性がペット飼ったら結婚出来ないよ」
 嫌な事言う子ね。
「俺は男作るななんて小さい事言ってねえぞ。なあ美夜」
「そうよねー」
 注文は付けたけどね。こっそりと私は心の中で付け足した。


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