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         死と夜の中で

−4−

 目を開けるよりも攻撃に動く方が早かった。
 アレクスが手元に置いていた剣から鞘をはらい、横に薙ぐ。
 その反応に驚きはしたものの、アルカムは避けるつもりはなかった。霊体である自分の身体を剣は通過するだけだ。
 が、剣が触れた瞬間、後ろに飛びのいた。
 今のは───
「お前か」
 アレクスがベッドから下りて自分を見ていた。
 目覚めるのと同時に動いていたのだから無理もないが、最初は相手がアルカムだと認識していなかったらしい。
 既にディルブランの姿は無い。一瞬で姿を消していた。
「何の用だ」
「悪い。何でも、ない」
 冷や汗の浮かぶ思いでそう答える。
 アレクスの手にしている剣は、自分にとっても危険極まりなかった。霊体に刃がくい込んだ瞬間に力を吸い取られた気がする。こんなものを持って、しかも霊体に反応するような鋭い奴は敵に回したくない。
「馬が入っていくのが見えたんで、つい、な。お前は知ってたのか?」
「ああ」
 そのことか、とアレクスは剣を鞘に戻した。
「そうらしいな。見た事はないが」
「見てないのか」
「眠ってる時だけいるらしい、呼べば来るけどな。お前も出て行け」
 黙って出て行こうかとも思ったが、思い直してアルカムは振り返った。
「一つ聞くけど」
 一瞬見えた光景が、どうしても気になっていた。
「何だ」
「お前、子供を見逃したのか」
 それを聞いたアレクスの目が不穏な色を帯びる。
「覗き見とは随分趣味の悪い奴だな」
「……って、抜くなよ!? 聞いてるだけだから!」
 剣の柄に手を掛けるアレクスに慌てて弁明する。
「悪かったって! 他には何も見てねえよ、本当に」
 アレクスの記憶(というか思考)を覗き込んだ途端に目を覚まされたので、見えたのは本当にそれだけだった。子供を庇ってアレクスの剣の下に飛び込んで死んだ母親と、恐怖よりも怒りを込めて彼を見上げた幼い少年。
 アレクスは少年を殺すつもりだったのにもかかわらず、そうしていない。
 きつい眼でアレクスはしばらくアルカムを見ていたが、やがて溜息をついて剣の柄から手を離した。身内、しかも既に死んでいる者を斬っても始まらないと思ったのだろう。
「問題ない。あれは俺自身に恨みを持ってるだけだから、来るなら俺の所に来る」
「来たら?」
「殺す」
 事も無げに言った。
 アレクスの意図が解らない。
「どうせ殺すなら、何でその場で殺さなかった?」
「猶予をやったんだ」
 彼はアルカムを真っ直ぐに見た。
「俺を殺せるくらい強くなれる可能性のある時間を」
 一族と母親を殺した男を倒すために、少年はいつか成長してやって来る。
 それを待つつもりか。
「殺されてやるのか」
「まさか。やるだけやって駄目なら諦めて死ねるだろう」
 やはり、彼の考えている事は良く解らなかった。
 もう少し詳しくアレクスの事を知っていればアルカムにも理解できたかもしれない。その場にリョオがいたならば推察出来ただろうか、アレクスがその少年の中に幼かった自分の姿を見た事を。
 彼は、昔の自分と同じ状況下に置かれた子供に少しだけ情けを掛けてやったのだった。
 アレクスもそれ以上の説明をせず、それをアルカムが察したのはもっとずっと後だったが、問答無用の殺戮者に見えて、実は場合によっては対応を変える余地を持っている男だということだけはアルカムも理解した。
「何かあった時はお前が責任持つんだな? その子の件は」
 アルカムの問いに面倒臭そうにアレクスは頷いた。
「どうせ今は何も起きねえよ。少なくともリョオがあの屋敷にいる限りは」
 リョオは今、曾祖父であるアストライアの屋敷におり、屋敷の残留組となったアルカムの子孫──これは、アレクスやリョオから見た場合祖先にあたる──達がアストライアと共にリョオを守っている。
 アレクスはそんな人数がリョオを守っている事はまだ知らないから、結構アストライアを信頼してリョオを預けているらしい。
 ふーん、と少し安心した。
「ならいいや。とりあえずもう一度寝ろよ。俺もそうする」
「おい」
 ドアを抜けて出て行こうとすると呼び止められた。
「二度とやるなよ」
 余程不快だったと見え、念を押してきた。
「判ってるよ。悪かったって。もうやらないし寝てる邪魔もしない。そう睨むな」
「次に何かあったら俺は一人で行くからな」
 出会ったその日に早くも最後通牒を渡されてしまった。
「わかったわかった。おやすみ」
 早々に部屋から退散した。


 翌朝、二人は次の目的地に向かって出発した。
 アルカムはクラバールから許可を貰って連れ出した一頭の馬に、そしてアレクスはディルブランの憑いた黒馬に乗って。
 馬に乗るのは久し振りだったが、結構扱い方を覚えているものだと自分で感心する。
「そう言えばアレクス、」
 不機嫌な顔で先を行くアレクスの隣に馬を進め、アルカムは声をかけた。
 無言でこちらを見るアレクス。
「お前が見た、奴らが連れ込んでた女も放って行ったのか? 家まで送ってやったとか? それは一人だったのか?」
 それに対するアレクスの返事はこうだった。
「昨日の事といい、なんでお前はそういうどうでもいいことばかり気にするんだ」
「どうでもいいかな」
 自分が何も出来ないにしても無関係な者が巻き込まれるのは最低限に抑えたいし、知っておくのも悪くはないと思うが。
「俺が見たのは一人だ。その前に奴らに殺された女がいても俺は判らない。兄貴が迎えに来て帰った」
 愛想も何もなく簡潔に返されたが、そんな反応にもそろそろ慣れている。
「そうか」
 では少なくとも一人は救われたのだ。
「良かったな」
 安心した。彼女の心に傷が残らないといいけれど。
 その言葉にアレクスは無言で肩をすくめた。まったく冷たい男だ。
 アルカムが、この年若い子孫の別の顔を目にするのはもう少し後の事になる。
 こんな一風変わった相手と連れ立って旅をするのも長い間一つの場所でくすぶっていたアルカムにとっては目新しく、一人で行くよりもいいのかもしれない。
 怨讐によって己をこの世に縛りつけている彼は、一人では負の感情に走り過ぎるのだ。目の前にもう一人いれば、それが例え同じ方向を目指していても己を省みるブレーキになるのだった。それだけでも、彼とここで会えた事は良かったと思う。
 他の奴は大丈夫だろうか。
 そう思ったが、自分と同じく昨日今日に死んだ者達ではないし、そう簡単に自滅するような者は一人もいない。心配する必要もない事も本当は判っている。
 今はただアレクスと共に敵の根城を潰していけばいい。それで彼の力の程も見えてくるだろう。そして今度こそ恋人を取り戻し、リョオも自由にしてやれる。
 アルカムは、そんなしばらく感じた事のない明るい希望を笑顔にのせて、アレクスの隣に馬を並べると先を急いだ。
 彼らの周囲にも、そして彼らが後にする場所にも死の気配は漂っていたが、それでも彼らの進む先には光が射しているのだと思いたい。これは、そのための戦いなのだから。
 長い戦いの終わりが近付いて来ていた。

END      
(2004.7)

BACK Dark Sphere



 なんだか収拾ついてるんだかついてないんだか(泣)
 本編の合間のごくごく短い期間の話なので、「これはあっちの話で書くから書けないし、このエピソードはまだだし、うーん」っていう状態に。
 二人の出会いを詳細に書こうとしたのが間違いだったのだろうか。
 でも久し振り(十年は軽く超えている……)にアルカム書いて懐かしかった。
 これくらいある程度軽い人の方が動かしやすいです(笑)
 あ、あと「女子供も殺すなんて鬼畜」という問題は、彼らは人間とは価値観の違う妖魔なのでとしか言い様がないですね……。


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