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     歯車の夢

「なんだってぇ!?」
 アグラムは仰天した。彼のアシスタントのエピドラは、当然それくらいの情報は事前に持っていたから驚きはしないものの、不愉快そうな表情を作った。随分と上手に不快な顔が出来るものだ。
「セルディムでは、人間の形をした機械類の持ち込みは禁止されております。滞在中はそこの大型荷物専用預かり所にてお預かりしておりますので、そちらにお預けください」
 いつものことなのか、取り乱すことなく淡々と関門の審査員は言った。エピドラを連れて旅を始めてから二七日目にして、アグラムが初めて突き当たった壁だった。
「原始的なのにも程がある!」
 ぶつぶつとアグラムは文句を言いながらエピドラと並んで「大型荷物専用預かり所」なるところに向かっていた。
「“人間の形をした機械類”が一体何百年昔からあると思ってるんだ。アシスタントが作られたのが四七〇年前、パートナーが人間型ロボットを作るようになったのに至っては八三〇年も前だっていうのに!」
 なんだか物凄く腹が立つ。しかも、ここだけが都市国家で関門があるのも閉鎖的で気に入らなかった。
「仕方ありません」
 妙に悟ってしまっているエピドラが言った。
「セルディムには、未だに宗教が根強く残っているんですから」
「宗教!」
 アグラムは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「宗教なんてのは科学の敵だと思うがね。人間のレプリカがいけなくて、なんで犬猫がいいんだよ。動物が人間の言葉を喋る方がよっぽどおかしいと思うね」
 セルディムではアシスタントが大抵犬か猫の──それも巨大な──姿をしていて、アシスタント・ドッグ、アシスタント・キャットと呼ばれている。人型のものよりも大きいので慣れない者には結構邪魔な存在である。アシスタント・キャットなどはいっそのことアシスタント・パンサーくらいの名を付けた方が良かったかもしれない。それ以外では、小型化しているとはいえ、旧時代の遺物であるパートナーが使用されていた。パートナーは本来ならば人型の付属ロボットを作れるのだがその使用も禁止されている。
 そこまではアグラムも知っていたが、外部の者がアシスタントを同行させて入ることも禁止されている事までは知らなかった。
「身分証明カードをお願いします」
 そう言ったのは他でもない、アシスタント・キャットだった。
 預かり所の入口で、アグラムはいやいや胸ポケットからカードを取り出すと渡した。
 器用にそれを受け取るとチェックし、返す。
「ありがとうございます。いつまでの滞在かお決まりですか?」
「いや。早ければ今日中に出ていくよ」
 気に入らないところだったらな──アグラムは心の中で呟いた。
「この中、見られるかい?」
「はい。どうぞ」
 中はほとんどがアシスタントだった。ところどころに本当の大型荷物もあったが、八割方は角の生えていることと髪の色を除けば見た目は人間そのもののアシスタントだった。
 マスターと離れている間にするべき仕事がある者は外でどこか他の街にいるのだろう。ここにいる者はマスターがいなければする事がないためじっと座っているかじっと立っているかで、その空間を奇妙なドールハウスかなにかのように非人間的なものにしていた。話をする者もほとんどいない。アシスタントが人間ではないということがあからさまに見せつけられる。この空間に対する嫌悪感がアグラムの身体を熱くする。
「……行こうか」
 アグラムは傍らのアシスタントに言った。
「──?」
「お前をあんな風に待たせたくない」
 こんなのは嫌だ。こんなところをつくり出すセルディムの在り方が許せない。それもこれも宗教──歴史の中のものでなく、たった今も人々が信じている現実の宗教のせいだ。
「私は構わないんですよ、マスター。後悔しませんか?」
「後悔したら帰りに寄るさ」
 そうして二人は預かり所を出たが、せめて周辺ぐらいは見て回ろうと、カートをそこに置いたまま歩き出した。


 行く手にアシスタント・ドッグが一機現れた。目の覚めるような金色の毛皮に銀色の角。
「あれは、警備でもしているのか?」
 アグラムは尋ねた。エピドラはかすかに眉を寄せ、それに近づく。
「あなたはΞクシイ種のアシスタントですね。ここで何をしているのですか?」
「なにもすることがないから、うろついてるのさ。そういう君は?」
「あなたと同じ社のものです。Χ7882−36型。あなたは犬型だから中に入れるではありませんか」
 エピドラの言葉に金色の犬は獰猛に笑った。
「マスターが人型の使えるところに行っちまったんでね、捨てられたんだよ。マスターがいなきゃ中にはいられない。持ち主のないカートが邪魔なように、持ち主のないアシスタントもセルディムでは邪魔なだけさ」
 アグラムはくらりとめまいを感じた。アシスタントを捨てる? こんなに高価なものを?
 おまけに、このアシスタント・ドッグは動いている。目覚めている。捨てるくらいなら、メーカーに返せばいい。そうでなくとも、せめてもう一度眠らせる──機能を停止させる──べきだ。
「新しいマスターを探さないんですか?」
「マスターの命令が残ってるんでね」
 彼は軽い唸り声をあげた。どうやらそれは笑い声だったらしい。
「マスターが戻るまでここにいなきゃならない。戻る筈もないのにな。あの人が間違いなく死んでいる百五十年後ぐらいになったらマスターを探すよ」
 アグラムはエピドラと顔を見合わせた。
「なに、同情はいらないって。こっちはまだ待つって仕事がある。かわいそうなのはあいつらさ」
 アシスタント・ドッグが前足で指し示した先には、数機のアシスタントがいた。人型だ。
「じゃあな」
「さよなら」
 エピドラは金色の大きな犬を見送ったあと、アグラムに言った。
「昔はよく本物の犬や猫を捨てる人間がいたようですが、アシスタントを捨てる人間というのは驚きましたね。あのアシスタントにも話を聞いてみますか?」
「……そうだな」
 うわのそらでアグラムは頷いた。
 なぜだ? すべての生きとし生けるものに慈愛を注ぐように教えるはずの宗教が、なぜ人工知能を生き物として認められないのだろう。完全有機体ではないから? だが実際に人工知能は生きている。考え、情報を取り入れ、成長する。
 人間の手助けをするための独立の許されない存在とはいえ、「第二の生命」としてちゃんと地位を確立している。セルディムだけが、なぜ認めない? 機械としてしか見られないアシスタント・ドッグやアシスタント・キャットがかわいそうだ。そんな宗教ならばいらない。決して信じることなどできない。
「マスター」
 顔をあげると、エピドラが向こうでアシスタント達と一緒にこちらを見ている。
「彼らには、マスターがいないのだそうです」
 しばらくは、意味が掴めなかった。
「……え?」
「初めて目覚めた時から一度もマスターを持ったことがないんです」
 驚いてアグラムは叫んだ。
「有り得ないだろう、そんなこと!」
 アシスタントを眠りから覚ますのは、人間の呼びかけ。一機一機違う整理番号を呼ばれて、初めて目を覚ます。
 アシスタントを起こすにはその整理番号を知っていなければならないのだから、起こした人間は当然そのアシスタントのマスターか、その関係者であるはずなのだ。
 アグラムは彼らのところへ走って行った。
 主のいないアシスタントはどれも男性型だった。
「どういうことなんだ?」
「マスター……」
 消え入りそうな声がエピドラの口からもれた。
「どうやら悪いことをしてしまったようですね」
 四機いた名前のないアシスタントたちの一機が気遣わしげに言った。
 アグラムはエピドラを見つめた。
 動揺している。自分には本当は関わりのない事とはいえ同類の問題、どうすればいいのか対処できない。
「話を、きかせてくれるか?」
 命令を、与える。これはアシスタントの行動の指針、自分が何をするべきか見極めるもの。それさえわかれば何も不安な事はない。
「──彼らは、セルディムで人型のアシスタントを売るのに失敗した業者が、そのまま置いていったものらしいです。そろそろここでも人型が使われても良い頃だと思ったのでしょうが、まだまだ信仰の、と言うよりも迷信の壁は厚かったのでしょう」
 ゆっくりとエピドラは話し出した。衝撃を受け、動揺してはいたが、しかし言う事は端的で容赦が無い。
「目覚めさせたのはセルディムの子供です。説明書にはアシスタントの起こし方が書いてありますから、面白半分に目覚めさせてしまったんですね。けれど、そのあとどうすればいいのかわからない。それでそのまま置き去りにしたんだそうです」
 子供が目覚めさせなかったアシスタントも二機、彼らが眠っていたケースの傍らに眠っているらしい。その二機はとてつもなくラッキーだ、と彼らは言う。
「私達は、マスターが欲しいんです」
「でなければ、眠ってしまいたい」
 マスターの命令がなければ、彼らは自発的に機能を停止させる事も出来ないのだ。
 アシスタントの存在意義の全て。マスターがいる。マスターが命令をくれる。マスターのために働き、マスターを守る。
「マスター」
「お前は、どうすればいいと思う?」
 エピドラに聞くのは酷だったかもしれない。けれど、アグラムはもうこれ以上アシスタントはいらないのだ。
「……」
 彼らのマスターになってください。助けてくださいと、言うのは簡単。けれど──
「メーカーに、引き取ってもらうべきでしょう。そこからまたどこかに行って、マスターになる人に買ってもらえばいいんです」
 苦しそうにエピドラは答えた。
「それが一番だろうな」
 アグラムは呟き、一番近い所にいた水色の髪のアシスタントに尋ねた。
「メーカーの連絡先はわかるな?」
「はい」
「じゃあ、お前がメーカーに連絡して眠っているのを含めた他の五人を連れて帰ってくれるように手配しろ。そして、三人は眠るんだ」
「マスター、彼は……」
 エピドラが抗議の声を上げる。
「俺たちは先を急ぐ。他に方法がないだろう」
 アグラムの言葉を受けて三機は同じ方向に歩き去った。おそらく、そちらに彼らが入っていたケースがあるのだろう。
「それからそれが終わったら、このエピドラと連絡を取って俺たちの後を追ってこい。俺はアシスタントは一人いれば充分だが、ただでアシスタントが手に入ると聞いたら、親父が大喜びするだろうよ。俺が家に帰るまで少し時間がかかるが、構わないな?」
 二体のアシスタントの表情がぱっと輝いた。
「もちろんです。ありがとうございます」

 カートに乗り込み、セルディムを出発するとき、改めてエピドラが言った。
「ありがとうございます、マスター」
「別に俺は……」
 口の中でごにょごにょと言い訳をして、それから怒ったように宣言した。
「もう、セルディムには来ないぞ」
「はい」
 にこりと笑ってエピドラは頷いた。

     マスターがいる
     マスターが命令をくれる
     マスターのために働き
     マスターを守る

     それが彼らの夢


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 タイトルは「歯車の夢」。
 しかし、アシスタントに歯車は使われているのだろうか。


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