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     遺跡の夢

 この旅の唯一の目的地、カドゥルに着いた。
 黄土色の大地に灰色の瓦礫が点在する、荒廃した土地。
「さーて、サジルってのはどこにいるんだ?」
 カドゥルは広い。何もないが広さだけはやたらにある。
「とりあえず、人間のいるところに行かないことには探しようがないですね」
 エピドラの言葉にアグラムは深い溜息をつく。
 カドゥルにおいての人間のいるところ、それはすなわち発掘現場でもある。手つかずの遺跡が未だにごろごろしている上、遺跡というほどには古くない建物も多々あり、歴史学者と考古学者達が詰め掛けて来る。
「せっかく家のことは忘れてたってのに」
 ぶつぶつ文句を言いながらアグラムは地図を眺めた。


「サジル? あんなのに用があるのか?」
 サジルを捜し回り、知っている者に出会って最初に言われた言葉がこれである。
(あんなの?)
 アグラムはエピドラと顔を見合わせた。
 たちの良くない奴なのかと少々不安にならなくもない。
「サジルはゼンデの無人地帯にいるよ。ただ、あそこは珍しく荒れた所で、人間が行くのは面倒なんだ。たいした用じゃないんなら、そのアシスタントを行かせたらどうだ? それで待ってるあいだ発掘手伝ってくれよ」
 それを聞いてエピドラはしばらく頭の中でその辺りのデータを呼び出して分析していたらしかったが、やがて言った。
「確かに少々危険なようです。では私が行って来ますから、マスターは待っていてください。それとも、どうしても行きたいですか?」
 そう言われると行きたいとは言えなくなってしまう。
 危険は嫌いな現代っ子のアグラムであった。
「一人で大丈夫か?」
 念のため尋ねたアグラムに、男は呆れ顔で言った。
「アシスタントが大丈夫じゃないわけないだろう」
 一緒に発掘をしようという男の誘いをやっとのことで断り、カートに乗り込むとアグラムはカドゥルの最南端、ゼンデの近くまでエピドラを送り届け、そこから単身エピドラはアグラムの父から預かった箱を持ってゼンデに幾つもそびえる岩山の奥深くに消えた。


 一人で辺りを見回っていた時のことである。
 エピドラとの通信ができる小さなピアスが突然耳元でカツカツと音を立て始め、アグラムはぎょっとした。
「なんだなんだ!?」
〔カートを止めてそこで待っていて下さい〕
 音はすぐにやみ、エピドラの声が聞こえた後に小さなジーという音がしばらく続くと、やがてやんだ。
 アグラムはわけがわからないままカートを止め、待機した。土砂に半ば埋もれた建物が周囲に点々としているだけで人っ子一人いない。広大なこれだけの土地を放り出しておける程、世界の人口は減ってしまっていた。
「ん?」
 遠くに一点の動くもの。気のせいか、こちらに向かって来ている。だがエピドラは行ったばかりだし、第一方向がエピドラの行った方とは逆だ。
 アグラムはカートに取りつけたパネルを呼び出し、それを拡大して映してみた。一体のアシスタント。水色の髪に鈍い銀色の一本角、鉛色の瞳、セルディムで会った主のいないアシスタントだ。ようやくアグラムは気付いた。あのジーというのはエピドラがアグラムの正確な位置をあのアシスタントに教える音だったのだ。
「ずいぶん早かったな。他の五機は引き取ってもらったか?」
 たどりついたアシスタントに彼は尋ねた。前に会った時よりも随分と顔つきが明るくなったアシスタントは微笑んで答えた。
「ええ、多分」
「多分? 確かめないでこっちに来たのか?」
「連絡を入れたところ、私も回収するからそこにいろと言われまして、それは困りますから迎えが到着しないうちに出発したんです」
 アシスタントは事もなげに言った。それはひょっとして、逃亡と言わないだろうか。
「いいのか、そんなことして」
「追って来いとおっしゃったのはあなたですよ、マスター」
 焦って尋ねたアグラムに、彼はきょとんとしている。
「マスターじゃないだろ、俺は」
「ああ」
 にっこりと彼は笑った。
「正確には勿論違います。けれど我々にはインプリンティング機能がついてますから、目覚めてから一番最初に命令をくれた人間を仮のマスターとして認識します。ですから、この前の三機もあなたに『眠れ』と言われて眠ったんです。つまり、登録用の初期データできちんとマスターを登録するまではあなたが私のマスターだということです」
 アグラムは考え込んでしまった。
 いいのだろうか。だが今更帰れとも言えないし、長いこと放り出していたのだから、いくら馬鹿高いアシスタントだろうと一機や二機持って行かれたところで文句を言える立場にはメーカー側もいないはずだ。少なくとも、アグラムの父は間違いなくそう言う。
「向こうがしつこくお前を追いかけて来るってことは、ないんだろうな」
「その点は大丈夫です。他の五機に私のデータはありませんし、製造元にも既にそんな営業用サンプルのデータは残っていなかったそうですから、私の整理番号も製造番号もわかっていないはずです」
 サンプルと言っても、販売しているものと全く同じですけどね。
 自身の名誉のためにか、アシスタントはそう言い添える。
「そんならいいや。乗れよ」
 アグラムは満足し、カートのドアを開けるボタンを押した。


「マスター」
「どうした?」
「その先の建物の中に生命反応があります」
 名前をつけてもらっていないので、とりあえずブルーと呼ぶことにしたアシスタントは、右手に見えてきた半分土に埋もれた建物を指して言った。
「どうせ誰かが何か探してるんだろ」
「いえ、あの、人工生命なんですが、活動している様子はありません」
 少しばかり食指が動いた。旅に出てから、そういうものに対する興味を持ち始めている自分に気付く。サーラといい、ブルー達といい、哀しいものたちに会ってしまったからだろうか。
「ってことはアシスタントか……」
「パートナーということになります。パートナーよりも古い種の反応ではありません」
「行ってみよう」
 これが、旅に出る前に、外で見つけることができるかもしれないと思った「なにか」なのだろうか。
(どっちにしろ、稀少な仕事だよな)
 卒業当時、特別やりたいことはないと言ったアグラムは、カドゥルをはじめとする世界中から集まってくる歴史的遺物を調べる研究所に手伝いで父親に放り込まれたのだが、あそこは費用だけはあるのに人手はない。
 アグラムは苦笑した。
「これは、入るのに苦労するな……」
 土に埋もれ、固く扉を閉ざして他人の侵入を拒否するいにしえの建物。
 呟いたアグラムにブルーが言った。
「爆破しましょうか?」
 あっけにとられてアグラムはブルーを見た。ブルーは真面目な顔をしてアグラムの答えを待っている。
「それって……」
「はい?」
「違法じゃないっけ?」
 こめかみからつっと汗が流れ落ちる。これは暑さのせいか、それとも……。歴史的なんとか保護法とか、不法破壊行為とか、その他いろいろのうちのどれかに引っ掛かったりするような気がするが、それぐらいブルーには分かるはずだというのに。マスターの命令のみしか頭になく、道徳的なことは一切気にしないタイプのアシスタントだとすると、少々問題だ。
「これは調査行為ですよ、マスター。発掘に少しの火薬を使うだけのことです」
 極悪な笑顔でブルーは答えた。これは……とアグラムは絶句する。自分はどこからもそんな調査の許可はもらっていないのだ。
(親父と組ませるとえらいことになる)
 欲望のままに突っ走ってしまうのが目に浮かぶようだ。
 頭痛をおさえきれないアグラムだった。


 結局好奇心に勝てずにブルーの言う通り壁を爆破して中に入り込んだアグラムは、壁の中を縦横無尽に通っているケーブルをブルーが調べている間、家の中を歩き回ってみることにした。
(だいたい五百五十年から七百年前ってところか)
 アグラムは辺りを見回し、そこにある調度からそんなことを考えていた。一室にはいくつかの写真が飾ってあり、それを見るとこの家の主だったらしい女性の成長していく過程がありありと見て取れた。
 一番古い物らしいのが、家族で撮ったと思われるもの。両親らしい男女と二十歳にもならないだろう少女、そして背の高い良く似た弟。肌と髪の色が違う、同じ顔をした二人の青年はおそらくパートナーだろう。
「昔は二親揃ってたんだよなあ」
 アグラムは呟いた。かつてと違い今は子供を産める女性が極端に少ないので、勢い人工受精に頼ることになる。多くの女性の体内に卵子が存在しなくなってから、かなりの時が経っていた。子供を作れる男性はそれよりも更に少ない。数少ない正常な卵子と精子は集められ、子供の欲しい夫婦へ、そして健康な独身の男女にも割り当てられる。そんなわけで、両親とは血のつながらない子供、片親のいない子供が世界には溢れている。その片親とさえ血がつながらない子供も少なくない。両親共と血がつながり、母親の腹から生まれた子供は極めて稀であった。人間という種は滅びへと向かっているのかもしれないが、だがそれはまだ先の話だ。
 アグラムも例にもれず母親のいない一人で、人工胎から生まれている。母親というものがどういうものか、彼は知らない。彼を育てたのは派遣養育機レンタル・マザーだったし、そういう状態を異常とも思わない時代に生まれた彼にとって、そんなことは考えもしないことだったのだ。却って二親がいるほうが違和感がある。
 次は一人と一機で写った写真。今では珍しい赤い髪の少女の隣に藍色の髪の青年がいる。虹彩のない青緑の瞳は、先のものとは違うパートナーだ。そしてじきに結婚したのか、次の写真は夫と子供──夫と同じ金髪の息子と、彼女と同じ赤毛の娘。この時はパートナーの付属ロボットが一体増えて、それは濃い紫の髪の女性型だ。
「ってことはつまり……」
 パートナーにも性別はあるから、この家にはパートナーが二機あったということだ。
「なんつー贅沢な」
 アグラムが顔をしかめたその時、家全体が身震いしたような感じと共に、ウィイインという音が響き渡った。
「なんだ!?」
「動かしたら、いけませんでしたか?」
 大きな損傷がなかったので、としれっとしてブルーは答え、アグラムは「いや」と引き下がった。一言先に断ってからにしてほしかった。心臓に悪い。
『あなたがたは、どなたです?』
 コンピュータールームに行くと、大きなディスプレイに藍色の髪の男性の顔が映し出された。声は、見えないが壁に埋め込まれているらしいスピーカーから聞こえてくる。
『答えによっては不法侵入とみなし、叩き出します』
 さすがに、マスターではない他人に起こされたパートナーは御機嫌斜めだった。
「俺はアグラム=デュイ、こっちは連れのブルー。旅行中だが、この家に生命反応があったので調べにきただけだ。パートナーに話を聞くのは興味深いから」
 パートナーは侵入者の態度に戸惑ったようだった。
「生命反応、ですか? この家に?」
「マスター」
 ブルーがそっと囁く。
「このパートナーの時代は、まだパートナーが生命体と認められずに疑似生命体とされていたのではないでしょうか。生命体と認められたのはアシスタントが現れるより百年ほど前で、それほど昔の話ではありませんから」
「ああ、そうか」
 はじめから今のように人工生命体がそれと認められていた訳ではないのだということを、つい忘れてしまう。勉強が足りないな、とアグラムは自嘲した。そしてブルーにパートナーがもう第二生命体と認知されていることや、今はもうパートナーはほとんど使用されておらずアシスタントが使われていること、アシスタントの特性などを説明させて現代の状況をこのパートナーに理解してもらうと、彼に話を聞かせてくれるか尋ねた。
 画面の中の青年は微笑んで承諾してくれた。
「私にお話しできる事でしたらなんなりと。付属ロボットは有機の部分が駄目になってしまって使えませんので、このままでお許しください。私はレイル。ファリア・キリシア・スロウをファースト・マスターとしています」
 ディープブルーの髪を鮮やかに再現した画面の中、彼は軽く会釈した。

「そうですね、既婚の女性をファースト・マスターにしているパートナーは珍しいかもしれません。大抵はその夫をファースト・マスターにして、その次でしょうね」
 アグラムの問いに彼は言った。アシスタントは普通個人所有なのでせいぜいマスターとサブマスターの二人ぐらいしか登録しないが、パートナーの場合は平均十五人までのマスターを登録できる。その中でも命令実行の優先順位を決めるため、マスターの重要度も登録されていた。
「けれど、ファースト・マスターとセカンド・マスターが結婚される時にどちらも自分のパートナーを手放すのを嫌がったので、私は処分されることもありませんでしたし、ファースト・マスターをセカンドに登録し直すこともなかったのです」
「随分気に入られていたということか」
「ええ」
 青年は、それは嬉しそうに笑った。満ち足りた、幸福そうな笑み。
「私は、彼女の相棒ですから」
 アグラムは心の和むのを感じた。
「もう一台のパートナーはどうしたんだ? ここにはないみたいだな」
「セイラはセカンド・マスターが亡くなったのち、サード・マスターである息子のジョイに譲られました」
「親の形見としちゃ、最高だな」
 何もかもを記憶した思い出を分け合える存在、親から子へと受け継がれる家族の一員という位置づけは、この頃にはもう既に出来上がっていたのだ。
「お前は?」
 アグラムは言った。
「はい?」
「お前のファースト・マスターが亡くなった後、お前はどうなっていたんだ?」
 レイルは困ったような顔をした。
「彼女の葬儀が終わった時点で私は自分で動力を切ったのです。私を必要としているマスターはもういませんでしたから可能性があるのは中古として引き取られることでしたが、その時はプログラムを組み直してから動かすようにお願いしておきました。しかし私が今ここにいるということは、何の手も加えられなかったということでしょうね」
 運がいいと言うべきか、何と言うべきか。
「それで、幸せか?」
 ああ、またしても馬鹿なことを聞いてしまったと思いながらアグラムは答えを待った。
「そうですね、少なくとも今までは」
 にこやかに彼は言った。
「この後どうする?」
「そうですね……」
 しばらく彼は考えていたが、ふとアグラムの視線に気付いて笑った。
「大丈夫ですよ。自爆はしませんから」
「変な奴」
 アグラムも笑った。こいつは、随分幸せでおめでたい奴に違いない。
「マスター」
 じっと沈黙を守っていたブルーが口を開いた。
「どうした?」
「エピドラが、サジルを見つけたようです」
 では、そのうち戻って来るだろう。近くまで迎えに行ってやろうかと、少しばかり優しいマスターの振りをして見せたくなるアグラムだった。
「もう出発なさいますか?」
「そうだな……。わざわざ叩き起こして、すまなかった」
「とんでもない」
 彼は笑顔で首を振った。当たりの柔らかいこのパートナーなら、大抵のマスターは大満足だったろう。
「こんなに時が経っているとは思いませんでしたから。少し眠り過ぎたようです」
「そうかもな。それじゃ、行くよ。ブルー」
 手招きして、アグラムはブルーと共に出口に──ブルーが爆破した所に──向かった。
「一部分、家壊しちまった。悪い」
「気分転換に修理でもしますよ。今の時代の情報収集もしないといけませんし。どうぞお気をつけて」

 外に出ると、黄土色の大地と真っ青な空がレイルの時代から現代へとアグラムを引き戻した。
 彼の知らないあの時代が、今は少しうらやましい。レイルと同じ時代に生まれていたら自分はどうしていただろうか。少なくとも歴史に手を染めてはいないだろう。
 それでも、彼の中には幸福の余韻が爽やかに残っていた。
 今この時代だって捨てたものじゃない。有能で、自分を最優先にして、誰よりも自分を理解してくれる──しようと努力してくれるアシスタントが彼にもいる。この忠実さは何もレイルだけの特性なわけじゃない。
 だからきっと、この一度世界の大部分が死に絶えたこの星の上でも人間は生きてゆけるのだ。人間は信じられなくても、信じられる存在がある、それだけでも人間は救われる。
(すこーし、人間不信かな。……んなことないか)
 くすくすと笑うアグラムの隣で、ブルーが不思議そうな顔をしていた。


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パートナー」のレイル登場です。
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