Vampire Bat U Beautiful Night 3
金曜か土曜の夜がロードの食事時間。
ロードが私の所に来てから、これはずっと変わる事がない。食事というか、食餌を与えてるような気もするけど。
要するにエサなのよ。どれだけ血が美味いと言われても、時間かけて傷口舐められてても、なんだかペットに餌をあげてる気分なの。これって餌付け?
だけど、それが不快とまでは言わないまでも微妙〜に居心地悪い気分になる時がある。
それは変則的に週末以外の平日の夜、前に血を吸ってから二三日しか経ってないのにロードが私の血を要求する時だ。
……月イチで。
家に帰って夕飯食べてお風呂入って。後は髪乾かしたら明日も仕事だからもう寝るよーというそんな時に、洗面所にいる私の所にやって来る。
「美夜、腹減ったぞ」
ああ、やっぱり来たのね。
私は内心溜息をつく。
「今日、まだ火曜日よ」
タオルで髪を拭く手を止めて、私は無邪気な笑顔を彼に向ける。
「何だそれ、カヨウビ? 俺人間じゃないからそういうのわかんねえ」
とことん無邪気な作り笑いが戻ってきた。
嘘つきと思いつつ、不覚にもその笑顔に理性が揺らぐ。やっぱりこのサイズ反則よ。人間サイズだったら絶対可愛いと思わないのに。
「髪の毛乾かしてからにしてくれない?」
「もう半日待った。腹減って死にそう」
ふわりと浮き上がると洗面台の鏡と私の顔の間の空中に静止する。それでいてマントは風もないのにはためいていたりする。どうしてこんな事が出来るのか、ニュートンを侮辱してるわ。
「あのねロード……」
言い掛けた私を遮って、ロードは空中を蹴って跳ぶと私の肩に着地した。
「サンキュ、美夜最高」
まだ良いって言ってない! しかも良いって言おうとしたんじゃないんだけど私。
「ちょっと待って、」
せめて今日は腕からにしてと言う前にロードは私の首筋を噛み裂いていた。……痛い。
そこで血吸われたらその間歯も磨けないじゃないの。
いつもこれだ。
いつもって程多い訳じゃない、今夜で三回目位?
ロードが週一で血を要求するのは最低限の量で、その気になればもっといくらでも飲めることは判ってる。どうせ今週の金曜か土曜には三四日しか経ってなくても何事もなかったようにまた通常通りに血を吸うんだから。
この、週末以外の不定期な吸血の時は、ロードはあまり聞く耳を持ってない。強引だし、我慢がきかない。
……いや、我慢はしてるのかな、昨日一昨日と。
私は仕方なく部屋に戻ってパソコンを立ち上げると、メールチェックをして友達からのメールに返信する。届いたメールの中に珍しく妹からのメールが混じっていた。
『私の誕生日忘れてないよね?』
ごめん、忘れてたよ。
たまには家に帰ろうかな、誕生日のプレゼント持って行きがてら。
今週の金曜日に会社から直接家に帰って、金土と泊まって日曜にこっちに帰れば、今日血吸ってるんだから日曜の夜でも大丈夫だよね。
『覚えてるよー。金曜日に帰るからお母さんに言っておいて』
返信して、くしゃみを一つ。髪が湿ったままで冷たい。
ロードは気にした様子もない。お願い、もっと飼い主を労って。明日も仕事なのよ。
……今日は無理か。
溜息をついて電源を落とし、ノートパソコンを閉じた。
そう、実は今私の所にやって来ているものがある。
いわゆるお月さまってやつ。ストレートに言って生理。
前からそうじゃないかと思ってたけど、これ絶対気付いてる。鼻がきくのか別に何か理由があるのか知らないけど、間違いない。口に出さないだけの礼儀は知ってるみたいだけど。
だいたいロードが不規則的に血をくれと言い出すのは生理が始まった三日目で、その前の日なんていうのは尾籠な話、結構な量の経血が出ていたりする。多分その辺に触発されて血が欲しくなるんだろう。吸血鬼ってやっかいだわ。
なんだか無性に居心地悪くなってきた。普段『言葉の通じる喋るペット』だと思ってるロードだけど、小さくても一応オスなんだよね。
ロードがいるのと反対側の髪を、頭が揺れない程度にタオルで水分を拭って手ぐしで整えながらロードの食事が終わるのを待った。でも今回ばかりは「食事」というより「吸血」と呼びたい気分。
座っているのも飽きて、明日着る服を選んで用意し終わった頃、ようやくロードが吸血を終えた。
「今日も美味かった。完璧」
テーブルの上に飛び降り、ロードは愛想を振りまく。今日も可愛いねロード。とりあえず、ロードは私のペット欲だけは完璧に満たしてくれる。だけど今はそんな事は問題じゃない。
「ねえ、ロード」
「ん?」
満足そうな彼に私は作り笑いを向けた。
「三四日どこかに出て行く気ない?」
「ちょっと待てコラ」
再び私の肩に飛び乗ったロードを捕まえてテーブルに戻すと、彼に向き合って頭からタオルを被る。それ以上そこにいられるとほんとに髪乾かせないから、お願い。
「ロードがいると何か落ち着かないし」
そう言うと、呆れたようにロードはそこに腰を下ろして腕を組んだ。
「今更何だよ、気にすんなよ」
いや、例えロードが人型じゃなくて犬でも喋る限りは気になるし。
「犬なら追い出さないだろ」
……。
私は黙った。
それはそうかも。
「……そっか」
「そうだよ」
それ見たことかといわんばかりの得意気な態度でロードは笑った。
「大体俺お前の事女としては見てないし」
む。
私だってこんなサイズのロードをそういう目では見てないってば!
でも断言されるとムカつく。
女心ってそういうものなのよ。ロードにそういう目で見られても困るんだけどね。
「女の血しか吸わない癖に」
「それは味と好みの問題」
言い切って、それから組んだ腕をほどいて指先をこめかみにあてた。斜めに私を見上げる濃紫の瞳が笑っている。
「……何不満そうな顔してんだ? ひょっとして俺に惚れてんの?」
違ーう。
がっくりと私は肩を落とした。
「もういい、好きにして」
そんな感じで結局『生理中ロードを追い出そう作戦』はあっという間に失敗に終わった。
……うまく誤魔化されたような気もするけれど。
でもその微妙な単語を口に出さなくてもロードがそれに気付いていて、気付いていることに私が気付いていることは互いに暗黙のうちに確認したのだった。
「一応念のために言っとくけど、私がいない間もトイレとお風呂は出入り禁止よ?」
まさかそれはないとは思うけど、トイレの汚物入れ野良犬みたいに漁られたらたまんない。
「行ってないっての」
……そうよね、私が悪かったわ。さすがにそこまで浅ましくないわよね、と思ったのだけど。
そこに行くんだったらお前が寝てる間にベッドの中に入る方が気持ちいい、とロードが冗談混じりに言ったので、反射的に目の前に座っているロードを指先で弾き飛ばした。
血吸った後だと随分余裕の受け答えが出来るのね……。
げんなりと私は考え、よろよろと洗面所に戻って行った。
水曜日は帰りが遅かったので、木曜日の仕事帰りに私は一人でぶらぶら歩きながらウインドーショッピング。
シルバーの可愛いネックレスを見つけてラッピングしてもらった。
高校生だし、ゴールドよりこの辺が妥当よね。ブランドものじゃないので値段もお財布に優しい。前ロードに買ってあげた棺桶ジュエリーボックスより安いのは、多分気のせいだ。あれ高かったんだよね……。
帰ってご飯作るのも面倒なのでコンビニでお弁当買って帰宅する。ロード起きてるかな?
「ただいまー」
玄関で一声掛けて、パンプス脱いで中に入る。
部屋に入ると窓枠に置いた小さなサボテンの鉢の隣にロードが座っていた。
「おかえり」
この時間だからとっくに起きていたらしく、すっきり目覚めた笑顔のお迎え。ああ、ペットのいる生活って素敵。
「おはよ。お腹空いたー。ごはんごはん」
ジャケットを脱いでベッドの上に放り出し、お湯を沸かしてお弁当を温める。
「何買ってきたんだ?」
ロードが目敏くバッグの横の小さな紙袋に目をとめる。
「あ、それ開けないでよ。妹の誕生日プレゼントだから」
マグカップにお茶を入れながら声を掛けると、初耳という顔でロードが振り返る。
「お前妹いたの?」
「弟もいるけど?」
お弁当を手に部屋に戻り、ロードに訊ねる。
「お茶飲む?」
「酒ないの?」
「今ないの知ってるでしょ?」
「飲む」
ひょいと、ロードがテーブルの上に下りてきた。
最初の出会いからして人のワインを飲んでいたロードに、食べ物はともかく飲み物は栄養になるかどうかは別として飲めるらしいということで、私は何か飲む時は一応ロードにも同じものをあげる。
ロードのコップは白い陶器の小さなミルクピッチャー。手つきのやつ。
これでもサイズとしては彼には大きいけど、これより小さいと人形用のティーセットみたいなものになるし、それだと量入らないから意味ないし。
「どうぞー」
ロードのと自分のお茶をテーブルに置いて、私は食べ始める。
「いただきまーす」
……まあ、コンビニ弁当っていうのがあれだけど。
食べたら明日の支度しなきゃいけないし、この方が片付け楽だし。
「弟はどうでもいいけど、妹いるのか?」
「うん、実家にね。あ、そうだロード、私明日会社から直接実家に帰って明日と明後日は帰って来ないから、ロードも適当にしてて」
テーブルの上に座ってお茶を飲もうとしていたロードが、明日明後日……と呟いていきなり顔をあげた。
「なんだそれ!」
そんな大声出さなくてもいいじゃない。
「来週妹の誕生日なの。プレゼント置きがてら実家で羽根伸ばしてくる」
「ここで羽根伸ばしてないってのか」
うん、今週は伸ばせなかったね、と内心でこっそり呟く私。
「そういう訳じゃないけど、ご飯作らなくていいし……」
「今日だって作ってないだろ」
言い訳する私に鋭い指摘が飛んでくる。なんでそんなに不機嫌なの?
「何が気に入らないの?」
首を傾げて訊ねると、どうしてそんな事も判らないんだという顔でロードが言った。
「お前俺を飢え死にさせる気か?」
ちょっと待って。
「……二日前に飲んだばっかりだよね?」
忘れたとは言わせないわよ。
「あれは数に入らない」
何よそれー!?
別腹? 不定期の吸血はデザートって訳?
「入るわよ! いいじゃない日曜日は帰ってくるんだから日曜の夜で」
そう言うと思わぬ言葉が返ってきた。
「休暇の後、翌日から仕事のお前は鬱気味だから嫌だ」
絶句する。
「あ……。えっと……」
言い返す言葉に詰まって私はお弁当をつつく。
ああ、お弁当特有の味付けをされた唐揚げの味も良くわからないくらいショック。いきなりきつい一撃を食らったみたいな感じ。
でも月曜から仕事っていう日曜の夜に気分が重いのは、普通の事じゃない?
ロードはそれ以上何も言わずにお茶を啜っている。沈黙が肌に痛い。ぴりぴりする。
ロードが喋れるペットの枠におさまらないのは当然。もちろん判ってはいる。動物と違って知能は人間と変わらないんだから。
だめ、この沈黙に耐えられない。
「……ごめん、嫌な気分にさせてた? これからは気をつける」
ロードはちょっと目を上げて私を見た。
「そうしょげるな。まあいいよ。行って来いよ」
肩をすくめてそう言うと、ロードは空になったミルクピッチャーを置いて私の肩に飛び乗る。
「大体なんでお前一人暮らししてるんだ?」
それは、実家からだと会社が遠いからだ。
「前は家から会社行ってたんだけど、会社移転しちゃってね。そしたら遠くて通えなくなったから部屋借りたの。住宅手当出るし」
住宅手当って言ってもロードはわかんないか。
「ふーん。実家にいるのは妹とお袋さん?」
……なんか見事に男が無視されてると思ったけど、気付かなかった事にした。
「と、弟とお父さん」
「そうか」
私達はなんとなく仲直り(喧嘩って程の事はしてないけど)して、私はお弁当を食べ終わると一二泊の旅行も出来る大きめバッグに服と妹へのプレゼントを入れて明日の支度をした。
ロードが何か企んでいるなんて夢にも思わずに。
翌朝。
閉じられたロードの棺桶の蓋を指の関節でコツコツと叩くと、「行ってくるよー」と声を掛けて私は家を出た。
返事は無かったけど、熟睡しているかいないかによって返事はあったりなかったりまちまちだから気にも留めなかった。
職場に着いてロッカーにバッグを入れると、バッグの口を開いて財布を取り出す。
プレゼント入れ忘れてないよね、とバッグの中に紙袋があるのを確認。うん、ちゃんとある。
その中のラッピングされた小さな箱の横の空間に、入れた記憶の無い私のミニタオルが一緒に入っていて私は首を傾げた。
こんな所にこんなの入れたっけ。
とりあえず、それごと妹に渡さないように出しておこ。
紙袋の入口に出ているタオルの端を持って少し引き出し、その直後ばっと手を離して悲鳴を飲み込む。
「どうかした?」
同僚の子に聞かれて私は慌ててバッグのファスナーを閉じた。
「ううん、何でもない」
作り笑いでごまかしたけど、内心は冷や汗ものだった。
緩衝材代わりにしたらしいミニタオルにくるまって、ロードが紙袋の中で熟睡していたんだから。
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