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         死と夜の中で

−2−

 戻ってしばらくアレクスと話し合った結果、アルカムの持っている地図の方が正確だという事が判った。アレクスの所持していたものは彼の父親が昔使ったものなので、今はもうそこに敵がいない事もあったらしい。逆に、その地図には載っていない所に敵の拠点が出来ていたりする。
 どのみち目的は同じなのだからというアルカムの言葉にアレクスも納得したようで、しばらくは行動を共にする事で一致した。また一人になったところで、他の戦士の行った後で無駄足を踏んだりする位ならその方が効率的なのは言われなくとも承知しているようで、アルカムも手酷い拒否にはあわずに済んだ。
 その後夕食を取るために街中に出て行くアレクスについて外に出た。
 アルカム自身は物を食べる必要はないが、酒は飲める。たまにはそういう行動も悪くはないだろう。
 厩を覗いてみたが、その時にはもうクラバールと名乗った少年は姿を消していた。
 酒場を見つけて入り、空いているテーブルを片隅に見つけると席について注文をする。
「別に俺に付き合う必要はないぜ」
「判ってる。毎回は来ないから気にするな。たまには俺も酒くらい飲みたい」
 あまり嬉しくなさそうなアレクスの言い分をアルカムは軽くかわし、続けた。
「聞かないのか?」
 アレクスが何を、という顔をする。アルカムはにっと笑った。
「リョオは元気だぜ」
 アレクスの守るべき少女、一族の至宝。
「そうか」
 ほっとした様子も見せないのが小憎らしい。
「もうちょっと反応したらどうだよ。かわいくねえな」
「どう反応しろって?」
 運ばれてきた酒に手を伸ばすアレクスは無表情だ。
「お前にとってあの子は何なんだ?」
 リョオの口からは聞いているけれど、万が一双方に意思の疎通が無かった場合、別の答えが返ってくる可能性もなくはないので一応訊いてみる。
 しかし。
「従弟」
 と、即座に返ってきたのは見事なまでにきっぱりした答えだった。
 せめて「従妹」と言って欲しいが、そこには目を瞑る。
「それだけか?」
「俺に、あいつを守る義務があるのは確かだな。他に何が?」
 単なる「従弟」の次は「義務」ときた。
「この間まで一緒に暮らしてたんだろ。仮にもクラリスの戦士たるお前が、デービーの娘を前にして何の感情も無しか?」
「娘の内に入るのか、あれが」
 面倒臭そうにアレクスが言う。
 料理が運ばれて来たのでグラスをよけている。
「入る。女に見えない奴の方がどうかしてる」
 ひいき目というか、私情が多大に入っているのは確かだった。
 リョオは生まれた時から男として育てられてきたので、一見して女と見破る者はまずいない。だが、同じ血筋の少女を愛した男達にしてみれば、愛する女の面影を持った魅力的な少女に違いなかった。
「それにクラリスとデービーの男女で年が近いと普通血が呼び合うというか、自然とそうなるもんなんだけどな。だから実際お前の父親の妹がデービーの男と結婚してリョオが生まれた訳だろう」
「怖い夢を見たっつって夜中に人のベッドに潜り込んで来るようなガキにどうやって恋愛感情抱けってんだよ」
 言葉を重ねるアルカムに、アレクスは眉をひそめた。
「大体、リョオだってそんなつもりは無いだろう。何も聞かなかったのか?」
 そこを問われると苦笑するしかない。実際、既にリョオ自身にも否定されている。
「確かにな。でも両方が同じ認識を持ってるとは限らないだろ?」
「………。」
 食べ始めたのをいいことに、アレクスは返事をしなかった。
「リョオにとっては『頼りになる従兄のお兄ちゃん』なんだろうな。慕われてはいるみたいだよな。けどそもそも何でお前ら二人で暮らしてたんだ?」
 リョオの親、つまりアレクスの叔母夫婦でもあるが、二人は今灰域に行っているという。両親が死んで独り暮らしの、しかもまだ成人していないアレクスの所に娘を預けるのは、女だとばれれば命を狙われるのが判っていたのにあまりにも危険ではなかったか。彼一人で守りきれるものでもないだろうに。
「俺の親父が死んだのを知らずにリョオだけよこしたからな」
 アレクスは言う。
「追い返すにももう暗域にいないと言われりゃ追い返す先もないし、親父を頼ってきたなら息子の俺が面倒見る他ないだろう。俺は親類とも誰とも連絡取ってなかったから押しつけるあてもなかったし」
 その「誰とも連絡取ってなかった」というのがそもそも問題のような気もするが、当人はそのあたりは考えていないらしい。
 ──変わってるな、こいつ……。
 アルカムが今まで見てきたのは、愛する少女を守るために命をかけていた男達だ。十代半ばから二十代の若者達。その血も心も熱かった。
 けれど目の前にいる、まだ少年の範疇に入るこの男はひどく冷めた印象があった。こちらから言わなければリョオの事を聞きもしないし、はるか昔の祖先にあたるアルカムに色々な事を聞こうともしない。興味がないとでもいうように。
 あの馬を見る限り、まるっきり冷たい石のようでもないらしいのだが。
 それに、リョオもアレクスの所にいたのは割と長い時間だったと思うが、結構うまくやっていたようだ。リョオの方が環境に順応したのだという見方も出来るが。
「リョオもあんな育てられ方したからなー。確かにぱっと見た感じは男らしいのかもしれないけど、却って妙な純粋さが残ってるよな。そこが魅力的でもあるけど。でもさっさとこんな事終わらせてあの子を女の格好で外を歩けるようにしてやりたいよ」
 男物の服を着て腰から剣をさげ、どこにでもいるような少年のなりをしているのも見ていて悪くはないが、それをずっと続けているのはかわいそうだと思う。
 アレクスは黙々と食事を続けていたが、グラスを手に取ると異論を唱えた。
「別にあいつは今、女みたいにして暮らしたいとは思ってないだろ」
「そうかな」
「あいつは現状の自分で満足してるだろう。女としての生活なんてしたことがないし、女の考え方なんてものもあいつの頭の中には何一つない。男として育てられた事に不満や不都合さえ感じた事がない奴だ。女の格好しろと言われたって嫌がるだけだろ」
 彼のその言い分はわからなくもない。今だけを見て言えばそれは決して間違った見方ではない。むしろ良く理解していると言いたいくらいだ。
 けれどそれは、先の事を全く考慮していない見方でもあった。
「それは今までの話だろ? 今までというか、現時点での話だ。あの子にはこれから先、男と偽って生きていく理由なんてもうないんだよ。もうばれた以上無駄な事だ。最初は多少違和感があったって、いつかはちゃんと女として生きていくんだろう。それに俺達が守るからこのまま、男のふりをしたまま殺させたりなんて絶対しない。そりゃまあちょっと苦労はするだろうけどな、女らしくなるまでにはね」
 最後はちょっと笑いながらのアルカムの言葉に、アレクスは同意も反論もしなかった。
 無関心なようでいて、一応見るところは見ているんだなというのがアルカムのアレクスに対する感想で、アレクスとリョオの間に特別な感情がないのも、そういう事もあるかと思い直した。少年としての育てられ方をしたリョオが女性として見るには精神的に未熟であるのは否定出来ないからだ。
 恋愛感情があった方が真剣さは増すが、なくともとりあえずリョオの事を守る気持と力とある程度の理解があるならば、自分がとやかく言う筋合いはない。それにどうやら愛馬を殺された事による怒りもあるようだし、敵を殺すことに躊躇するようなこともなさそうだ。
 そういう心配だけは全く必要がなさそうだった。


 店を出るとそのまま部屋に戻るのかと思ったが、アルカムの予想に反してアレクスは愛馬の元へ向かった。
 少年はいなかったがきちんと世話がされていることを確認する。
 外に出掛けたい素振りを見せる馬に向かって「明日の朝は早いから我慢しろ」とアレクスが告げると、すぐに馬は理解したようだった。
「なんていう名前なんだ?」
「ディルブラン」
 後ろから声を掛けるアルカムを振り返りもせずにアレクスは答える。
「残忍」とはまた、物騒な名をつけたものだ。
「凄い名前だな」
「そうか?」
 アレクスは気にした様子もない。代わりに馬が賢そうな黒い目でアルカムを見たが、特にそれ以上何か反応を示すでもなかった。
 それから、せっかくなので明日以降乗っていく馬をアルカムが選び、馬具のチェックをしている間にアレクスは出て行ってしまった。それを見送ってアルカムは苦笑する。
 だが自分も好き勝手に行動出来ると考えれば、互いに気をつかわずに済むので楽かもしれない。また、そうでなければ彼と共に行動するのはきついだろうと思い始めていた。
 そしてふと気付くとそんなアルカムをディルブランがじっと見つめている。
 値踏みされているような気分がしたが、実際本当にアレクスと同行するだけの力があるのか量られていたのかもしれなかった。
「俺はお前と同じだよ。判っているだろう? 既に死んでるからこれ以上殺される事も無ければ傷を負う事も無い。だからあいつの足を引っ張る事もないさ。心配するな」
 漆黒の馬はじっとこちらを見ていたが、やがてふっと目をそらした。
 話が通じているかは知らないが、通じていると思いたくなるような動作だった。
 おかしな話だ、とアルカムは思う。
 こいつは何に縛られて死んだ後も主の元を離れずにいるのだろう。
 生半なことではそういう事はありえないのは自分がよく知っている。死後も執着を持ってこの世に残るなど滅多にない事だ。暗域の住人はそういう死者がごろごろしている灰域の人間とは訳が違う。
 それだけの価値があるのか、あいつには?
 縛っているのはこの馬自身か、それともアレクスの思いだろうか。
 そして自分もこの世に縛られているのだ。奪われた恋人をこの手に取り戻すまでは何千年でも存在し続けるだろう。たとえ、戦いの果てに己の血筋が途絶えたとしても。
 彼をここに留めているのは己の思いであり、彼女の思いでもあり、そしてもちろん怨讐もあるのだろう。綺麗事を言うつもりはない。恨みの念が無いなどとは言えない。
 自分が殺された事に対しては己の力不足のゆえであるから不服を言うつもりはないが、恋人の命と魂を奪われた事ではどす黒い念が身内に渦巻いている。
 彼ら──アルカムと同じく命を落とし、愛する少女を奪われ殺された男達──は、等しく同じ鎖で己の魂をこの世につなぎ止めているのだった。
 ──こんな俺達でも、少なくともアレクスを助けてリョオを守る位の事は出来るだろうさ。
「おやすみ」
 アルカムは微笑してディルブランに声を掛け、厩を後にした。


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